雑感

三ヵ月半のブランク

気がついたら三ヵ月半のブランクになっておりました。なんという・・・。7月7日から何も書いていません。7月終わりにドイツとフランスに行って、戻ってから毎週のように大きな行事と出張がかさなりました。練成会、講演会、幹部研修会、慰霊祭とあり、その上にニューヨークとシカゴの出張、葬式やら結婚式等で今日までなってしまいました。その間に、子供の運動会、妻と私の誕生日、子供の進学・進級など沢山の行事に溢れております。


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さて、数日前、母親から手紙が来ました。もう3年以上日本に帰っていないこともあり、中身を読んでもっと親孝行しようと思いました。しかし自分に何が出来るか。谷口純子先生のご両親への絵手紙を思い出して、絵封筒を出来るだけ頻繁におくることを決めました。日本に行っても、母親の実家へ行くには休みをもう二日もらわないと行けないので、どうしてもついでに行くことはできません。下手をすると、親孝行どころか今生ではもう会えないかもしれないと考えると、後悔しないように連絡をきちんとしておきたいと思います。昨年、妻の父親が昇天されましたが、妻はその前に数度日本に行って義父と顔を合わせており、本当によかったと思います。これからはとにかくブログも定期的に書いていきます。

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シアトルへの出張

今日は出張でシアトルに来ました。こちらに来るまでに今まで経験したことのないことを二つ経験しました。一つは、ロサンゼルスの空港で荷物検査のとき緊急訓練です。掛け声を誰かがかけて3分くらい動くことはできません。あんなところでこういう訓練があるのを初めて知りませんでした。

次はアラスカ航空でシアトルまで飛んだのですが、同乗した人の中に海軍兵士が一人いたようです。私には分からなかったのですが、シアトルに到着するときのアナウンスの中にそれがありました。「この航空機に海軍兵が一人搭乗しております。Thank you for your service. We appreciate it very much.(貴方のサービスに心から感謝します)」という内容でした。その後、大きな拍手がわきました。日本でこんなのがあったら全然違う受け止められ方をするのではないかと思います。羽田から福岡まで乗った飛行機に自衛隊員が一人乗っていた。福岡にあと10分で到着するとき、機内の案内の最後に「この航空機に会場自衛隊員が一人搭乗しております。この方のお国のための奉仕に心より御礼申し上げます。」とでもアナウンスがあったらどうなるか?

まず、大きな拍手がわくだろうか? つづいて、これをアナウンスしたスチュワーデスにきっとコンプレインの通報があるのではないか。これは文化の違いでしょうか、それともただ単なる日本の教育結果による拒否反応でしょうか。どちらにしても私が日本にいたころの日本では有り得ないアナウンスメントでした。

シアトルに到着して、幹部会を開き、その後、夕食は回転寿司に行きました。一皿1ドル、1.5ドル、2ドル、3ドルといろいろありましたが、さすがに3ドルのお皿には手を出せませんでした。でも、さばが美味しかったので2皿もらいました。ところがそのさば1ドルのお皿だったので、なんとなく得した気分です。久しぶりの美味しいお魚に10皿以上食べてしまいました。感謝です。

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チャレンジ

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最近、アンパンの中にサツマイモを入れてみました。これを60個焼いて、東日本大震災の募金にできればと思い、皆さんに買ってもらいました。10分ほどで売り切れでした。ありがとうございます。オーガニックの材料や手間暇などを考えると、自分でお金を寄付したほうが安いのですが、皆さんが喜んでくれるので、敢えて作りました。何人もの人から、作り方を教えて欲しいということでしたので、今度アンパンのクラスを開こうかと思います。

さて、どんな人生にもチャレンジがありますが、私も最近、ある人から「貴方はもう私たちの誌友会にこないでほしい。間違いだらけの英語で、考え方が狭く、早く首にされるべきだ」と言うような内容を言われました。この会の代表者から言われたのですが、別の人から「それは彼の個人的意見だから決して会の意見ではない。許してあげて欲しい。」というメールをいただきました。赦すも赦さないも、そういわれた事について、自分が反省することはいくつかある。とりわけ、英語のことを言われたらいい訳の仕様がない。昔は講話を準備して、何十回も練習していたが、最近は前日に準備を終えて、練習などする暇もない状態です。酷いときには内容のみ考えて、ぶっつけ本番で話すこともある。それは私の責任である。そう考えると、本当に英語が第二外国語の人が話をするのではなく、こちらで生まれ育った人が話をしてくださるといいと思うのである。人材育成が大切です。その時間をまず作らなければならないが、その前に、家族の時間を作らないと、最近本当にやばいと思うのです。一度、1年ぐらい休職して、家族の時間をもっと作ろうかと思うくらいです。

でも、逃げ出しても何も変わらない事はよくわかっていますから、結局、今を生きるしかないと思います。将来は最も相応しい仕事が与えられると思います。

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フリージアとフォカッチャ

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庭のフリージアが咲きだすと思い出すのはタックスのシーズンです。今回は2006年からソーシャル・セキュリティ税を支払っていないので、その分を支払わなければなりません。どのくらいの金額になるかわかりませんが、相当な金額になりそうです。

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さて、イタリアのパンで有名なのがフォカッチャです。上に載っているのはオリーブと大豆です。妻はいろいろなパンを焼きますが、私が好きなのはオニオンパン、アンパン、フォカッチャ、ベーグル等です。最近はシナモンロールの代わりにあんことサツマイモをいれたロールを焼いています。朝食に時々作るのが、卵とほぐし鮭のパンです。子供達はそれを車に持ち込んで車の中で食べています。(学校がぎりぎりのときが多い)

先週の日曜日は合衆国伝道本部と南加教区の両方の代表者会議がありました。午前中はホテルで会議、午後は教会で会議でした。前日の夜、子供達のファンドレージングのためにパンを準備し、朝いつものパンを焼きました。次女は妻のパンを真似て、アンパンの中にあんことサツマイモをいれてアンパンを焼きました。とても美味しそうに出来ていました。写真を撮っておけばよかった。このファンドレージングは東日本大震災のためのものでした。できるだけ寄付を集めたいと思っています。

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ぺビーの笑顔がとってもよかったので思わず写真を撮ってしまいました。こちらのテレビの宣伝に出てくるガーブの赤ちゃんのようです。最近はよく動き回るので、このごろになって男の子と女の子の違いを強く感じるようになりました。今は与えられている恵にただただ感謝している次第です。それではよい春休みを。

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新年の抱負

新年の抱負を正月二日に家族で「書き初」めで書きました。しかしまだ自分の今年の夢は書いていないので、今月中には書いて教会に奉納しようと思います。昨年は非常に忙しくて出していなかったことが判明したので、今年は絶対に奉納させていただきます。

昨日は自宅から信号二つ越えたところの高校(ガーデナ高校)で高校生が銃をカバンの中に入れて所持していたものが暴発して二人の人が怪我をしたとのこと。仕事の往復でそこを通るのですが、本日もテレビの中継車が二台ほど止まっていました。アメリカでは銃の問題がよくおきます。先月も愚かな若者が友人を起こすのに驚かせるために友人の空気銃を使って起こそうとしたら、その空気銃が本物で、友人が死んでしまったというような、あまりにも愚かな事件を読んで、この国では偉大なことと極端に愚かなことが同居する、つまり巨人と小人の同居する国であることをあらためて思い返したところでした。

私たち夫婦は日本人でも子供達はアメリカ人ですから、学校での教育や家庭以外の普段受ける影響によって、親子で基本的な考え方に大きな差を感じることがあります。しかし、信仰はそれらの現象的隔たりを超えて家族を一つにしてくれる素晴らしい、頼もしい、生きていく上でとても重要な精神的糧であることをあらためて感じ感謝しています。この国では日本と違って、宗教を生活の糧としている人が多いのは、本当に巨人と小人、善と悪を鮮明に映し出すような出来事が政治や経済の中だけではなく、日常生活の中に頻繁に見え隠れしているからではないかと思います。

ところで、昨日はインターネット電話を使った人からの電話を受けて個人指導をさせていただきました。インターネット電話は時々、突然プツンと切れるということですが、40分ほどの会話で一度突然切れてしまいました。ある国からインターネット電話でかけてきていたようです。名前がアメリカ人のようですし英語の発音もアメリカ人のようでしたら、スムーズに話すことができました。時々聞き取りにくいこともありましたが、インターネット電話というものは便利だなあ、と思った次第です。

本日、その方からメールが来て分かったのですが、ある大学の準教授でした。どんな立場の人でも必要なものはやはり信仰であり、それを求めている人が多いということをあたらめて実感したのです。最近はメールや電話による相談も多いので、ますます時間を有効に使っていかなければ、忙しくなる一方です。今年の抱負の一つは、やはり、時間を有効に使い、インターネットや新しいディバイスを有効に使って、家族を含めたできるだけ多くの人のお役に立つことを実践していければと思います。

先日ウォーキングの後に撮った花を簡単に写生してみました。最近、絵を殆ど描いていないので、描き方を忘れてしまったような、そんな絵になってしまいました。でも、それでも続けていると、きっともう少しまともに描けるようになるのではと思っています。とにもかくにも、描くときは緊張と喜びが一度に訪れてくれる素晴らしいひと時であることは間違いありません。

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九月のアップデートを今しています

Photo0092 教会のトレイラー・コートのある一軒の家の庭に咲いている美しい花です。名前は分かりませんが、木の枝からこの美しい花が爛漫に咲き乱れているのはゴージャスです。

さて、9月はISO14001外部監査のステージ1があり、その後、秋季慰霊祭、幹部研修会、一般講演会と続き、その間に葬式やその他ありとあらゆる会議と誌友会が重なり、一度もアップデートできませんでした。

今月はせめて3回はアップしたいと思いますが、今月は全米の理事が集まって開催する顔合わせの理事会、ISO14001外部監査ステージ2が開催され、さらに日本語一日見真会、バンクーバー出張、オレンジ会館でのサービス等々がありますので、その合間にできるだけアップしたいと思います。

20101003plumerialtr1 一般講演会でお世話になった同時通訳の方へのお礼状を書き、絵封筒にプルメリアを描いてみました。色々な人々の協力で講演会が終わりましたこと、本当に感謝に耐えません。ありがとうございます。

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子供にでも誉められると嬉しいが、ジレンマ

Photo0060 昨日、約2年半ぶりにテニスにいった。前回行ったのはサンノゼに住んでいたときに、近くの高校の敷地内にあるテニスコートだった。今回は長女の通う高校のテニスコートに行った。夜の7時半だったので、すでに薄暗く、30分ほどしかできなかったが、久しぶりの運動なので私にはちょうどよかった。妻と三女は時々くるので、それでは物足りないようだった。咲貴ははだしでテニスをしていた。

Photo0064 夕日がとてもきれいだった。最近はいそがしくて、絵も描いていないし、ピアノも弾いていない。みなの前でピアノを弾かなくなって、練習する弾みがなくなると練習も途絶え途絶えになってしまう。しかし、毎日、講話を準備して話すのだが、それで手一杯というところであり、思ったことが実行できないのが辛い。もっとやりたいことは山のようにあるのだけれど。

ところで、この前の日曜日は英語のサービスであった。講話のあと、14歳の少年が私とのころに来て、“I like your lecture.”と言われたのにちょっとうれしかった。大人が私の話を聴いて、今日の話はよかったとか、よい感想を聞くことはあっても、子供からはあまりない。毎月、スペシャル・サンデー・サービスのときには、サンデー・スクールやジュニア・ユース・グループの子供たちも入って話を聴くので、サービスの最初に私が話すメッセージはどの年齢にも分かるような話をしている。しかし、どうしても子供中心の話になる。その後、それぞれが各部屋に戻って、大人だけになったときの講話は大人向けの話なのである。そのとき、日本語のサービスに出席しているおばあさんと久しぶりに来たこの少年は、一人で英語の方にきたようだ。

私は初めて彼に会ったが、外見は日系人ではないので、突然、後ろのほうに現われて話を聴きだした彼にも分かるように急に話は変えられなかった。しかし、最後まで話を聴いて、そのうえ私の話は好きであると言われたので、私は正直嬉しかった。私の娘たちは私の話の感想を積極的に言うことはないが、私が敢えて聞くと、「あの単語の発音がおかしかった」とか「原稿を読まないところは文法がちょっと変だった」とか、それはそれは辛い、厳しいご意見であるので、時には悲しくなることもある。そんなことから、彼女たちも余り感想を言わなくなったのかもしれない。

最近はとくに、原稿を数日前に準備して、前日に一回読み返したらよいほうなので、自分でも講話の練習にもう少し時間をかけなければ、折角準備しても、その通りに話せないことが分かっている。でも、その時間がとれないのである。北加教区にいたときには、忙しくても、やはり講話を練習する時間は取れた。赴任当時は、一回の講話で20回も練習したこともあったが、最近は一回もできない時だって多いし、講話の準備もできずに、過去に話したものを焼きなおして、話していることも多い。この状況、ほんとに何とか変えたいものである。

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カーニバルと青少年練成会

052 7月10日にカーニバルがありました。独立記念日のサンデー・サービス以降は、カーニバルの準備で大忙し。当日はカキ氷の出店に一日中いて、サービスをしました。子供たちのうち二人はカーニバルの数日前にサンノゼの旅行から戻ってきて、当日は手伝いをしてくれました。盆踊りは浴衣に着替えましたが、大きくなってきたので、浴衣は着ても足元は草履ではなくサンダルでした。

067 一番下の娘は上のお姉さんのお下がりで、草履もちゃんとありました。この日は多くのメンバーが友人知人を連れてきてくださり、お手伝いまでしてくれました。本当に感謝です。とりわけ、大きな責任を担って運営の全責任をしてくださった役員会長の戸松会長さんと、食事の責任を担当してくださった水谷さんには心から感謝です。また、青年会のメンバーも多く集まって準備と手伝いをしてくれ、また他の役員やオレンジのメンバーもお手伝いをしてくださいました。心から感謝申し上げます。

027_2 続いては青少年練成会のアイスクリーム・ソサエティです。これはアイスブレイカーというゲームのあとに行われたソウシャル・イベント。アイスクリームを食べながら親交を深めるものです。私もちょっといただきました。(本当はいっぱいいただきました)

069  072 翌日の献労は教会敷地内の畑で収穫と手入れをしました。プチトマト、スイカ、とうもろこし、キャベツ、花など沢山収穫できました。それは夕食なのでいただいたり、先祖供養祭でお祭りしました。子供たちの楽しそうに働く姿は光り輝いていました。

054  112 月曜日は練成会参加者のうち、ディズニーランド遊園を希望した人の付き添いで、ディズニーランドへ行きました(というより逝きましたの方が私の場合は近いかも)。子供たちはとても楽しそうでしたが、私は乗り物はいくつかパスをさせてもらいました。それでも、その後遺症というか、今日も吐きそうな気分がします。でも、子供たちと一緒に過ごせることができてうれしいです。日本での中高生時代とはずいぶん違います。考え方や感じ方が違うのは年齢のせいでしょうが、文化的にも違いを感じます。しかし、子供は子供、純粋に遊ぶ姿を見ると、自分の若いころを思い出しながら、何か心温まる思いがしました。

Photo0054 ところで、私は二度目のアメリカ赴任が延びて、結局10年滞在しています。しかし、カリフォルニアに住んでいたのに、この10年間一度もディズニーランドに行ったことがありませんでした。ところが、今年の夏、上の子供二人がサンノゼに10日ほど遊びに行っている間、一番下の娘にもどこかへ連れて行ってあげることにしました。娘はディズニーランドへいきたいとのことで、7月の独立記念日の代休にディズニーランドへいきました。そしたら、同じ月にもう一度ディズニーランドへ行くことになろうとは考えもしませんでした。私はどちらかというと、この手の遊園地よりはグランドキャニオンとかイエローストーンとかに行きたいのですが、とても休みも2日間とるのでも、年に数回しかできないのですから、定年になって辞めてから妻と二人で世界旅行にでも行きたいと考えています。

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変化

最近、非常に心の萎えるEメールを受けた。とてもがっかりして、やる気がどんどん体から流れ出て、力が入らない。過去にも数回、こういうことがあった。10年に一度かあるかというものに数えられるかもしれない。

十代には、ただ我慢するしかなかったが、両親の元にいたことは救いであった。二十代では仕事に没頭し、鬱憤を晴らすのに友人が付き合ってくれた。三十代ではただひたすら根強く対応した。今から考えると、よくそんなにがんばるエネルギーがあったものだと思う。四十代では徳川家康になった気分であった。「鳴かねば鳴くまでまとうホトトギス」

しかし、この年齢でわかることは、すべては自分の心の影。もう一つは困難は人間を成長させること。新しいチャレンジがなんとなく、自分の新しい人生の変化を示唆しているような気もする。この年で新しい出発は恐怖を伴うものだが、このメールが勢いを与えるのであれば、心の萎えるやる気をなくすメールでも、観世音菩薩の働きともいえる。

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フロリダに行ってきました

119 フロリダのマイアミとフォート・ローダデールへ講演会と幹部会の指導に行ってきました。この写真はフォート・ローダデールの幹部の方のご自宅の裏庭です。フロリダでは洪水を防ぐために、池を掘って人口の湖をつくるのだそうです。この方のお宅の裏も、何十件かの家がレイクの周りにあり、気候的にも大変すごしやすい時期でした。お昼をいただいて、その後、このご自宅の方のたっての願いで、お隣のアメリカ人のお宅を訪問してきました。

その方はビクターさんとおっしゃって、自転車に乗っていたとき、突然目が見えなくなって倒れ、入院して、ペットスキャンなど、色々な検査をしたそうです。一時は死をも考えたようですが、奥様の励ましなどで、心の考え方を変えたそうです。伺って、彼のためにお祈りして、お話を15分ほどして辞しました。大変よろこんでくださったうえ、奥様は涙を流して喜ばれていたので、私も感動しました。生長の家のお話はこれまで何も聞いていなかったということで、私も突然お尋ねして、どうすればいいのか迷いましたが、この会員さんが、是非ビクターさんのためにお祈りくださいと願われ、アレンジされたのですから、無下にことわるわけにもいきません。でも、すべてよいことになりました。

その家を辞して、通りで鞭打ちのコルセットを首にしている女性と10歳くらいの息子さんに会いました。ご近所に住んで12年になるそうですが、私の知り合いの会員さんはこの人を一度も見たことがなく、また日差しの強い中20分ほど立ち話をしました。そして、この女性は携帯電話をなくして、息子といっしょに、通ってきた道をもどって探していることろだったそうです。結局、この方は、私の知り合いの会員の方と同郷でブラジル出身であることがわかりました。新しい知人ができたと、大変会員さんはよろこんでいました。すこしでも、マイアミやフォート・ローダデールの皆さんのお役に立てればと思ってきましたので、私もすごくうれしかったです。

さて、2週間ほど前、子供たちのスプリング・リセス(春の休み)が一週間ありました。一番下の娘は、毎朝、時にははだしで、私が来るまで仕事に出発するときに、走って見送ってくれました。大声で「ダディー、パイパイ。アイラブユー」と叫んで、手を振って走って車を追っかけてきます。うれしいものです。妻は恥ずかしいのか、それはしませんでした。玄関で「いってらっしゃい」といってキスするだけです。

この一番下の娘は私が家に帰って玄関を開けると、犬のようにといったら失礼ですが、飛びついてくるのです。本当に向こうから走ってきて、「ダディー、お帰りなさい」というやいなや、私の手前でジャンプして飛びついてくるのです。何とか受け止められるのですが、今年ぐらいまででしょう。私としてはうれしい限りですが。妻もそうしたいのでしょうが、そうすると私がぶっ倒れてしまうので、してもらっても困ります。彼女は「お帰りなさい」とやさしく微笑んでくれます。

前回のアップからあっという間に一月が過ぎてしまっておりました。少なくとも週に一度は更新できるよう努力したいと思います。それでは。

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